【2010年】ロッテで活躍した助っ人達は今どこへ【ムニス 他】

歴代助っ人選手【あの人は今】。

第三回は2010年オフに退団した選手の退団後~現在を追っていきます。

2010年といえば、シーズン3位からの日本一を決め下剋上を果たした年です。

それもあってこのオフに退団した選手は二人。

ブライアン・コーリーとファン・カルロス・ムニス、皆様は覚えていらっしゃるでしょうか?

お付き合い頂ける方は、続きをどうぞ。

本記事は18年5月に管理人別サイト【やきゅろぐ】で書いた物を移行した記事となります。記事作成から1年近く経過し、修正を加えてはおりますが所々同様の記事となっておりますことご了承ください。

ブライアン・コーリー(投手)

基本データ

在籍2010国籍アメリカ
年齢46歳(1973/10/21)投・打 右・右
経歴
  • アリゾナ・ダイヤモンドバックス (1998)
  • ロサンゼルス・ドジャース (2002)
  • 読売ジャイアンツ (2004)
  • テキサス・レンジャーズ (2006)
  • ボストン・レッドソックス (2006 – 2008)
  • サンディエゴ・パドレス (2008)
  • 千葉ロッテマリーンズ (2010)
  • ロッテ・ジャイアンツ (2011)
  • Lamigoモンキーズ (2011)
  • メキシコシティ・レッドデビルズ (2012)
  • カムデン・リバーシャークス (2012)
NPB成績
  • 巨人(1年):21登板/23イニング/防御率 5.48
  • ロッテ(1年):14登板/8先発/4勝4敗/防御率 4.87

退団までとその後の経緯

2004年には巨人に在籍していたこともある助っ人投手(シーズン途中に加入し1年で退団)。

ロッテには2009年のオフに入団テストを受け、入団しました。

谷間の先発として、それなりに投げてくれた印象ではありましたが、結果としてそれが彼の首を締めてしまったかもしれません。

役割的に優先順位がそれほど高くなく、枠の関係もあって契約の更新はありませんでした。

退団後は、韓国・台湾・メキシコ・米独立と渡り歩き、2012年に引退。

その後、MLB・ブリュワーズのスカウトを経て、17年シーズンからはアスレチックスの傘下でピッチングコーチを務めているようです。

ファン・カルロス・ムニス(外野手)

【出典:Wikipedia

基本データ

在籍2009-10国籍ブラジル
年齢43歳(1976/01/28)投・打 右・右
経歴
  • ゲレーロス・デ・メトロポリタノス ( -2002)
  • フロリダ・マーリンズ傘下 (2005 – 2006)
  • ブラジル国内リーグ (2007 – 2008)
  • 千葉ロッテマリーンズ (2009 – 2010)
  • ブラジル国内リーグ (2011 – 2016)
NPB成績
 14試合/24打席/打率 .136

退団までとその後の経緯

謎のキューバ人助っ人(2002年に結婚を機にブラジルへ移住)。

2009年に育成選手として千葉ロッテに入団し、翌月には支配下登録されています。

来日した2009年にファーム(イースタン・リーグ)で首位打者を獲得し、翌年の活躍を期待されましたが、オープン戦から鳴かず飛ばず……。

結局、14試合の出場でシーズンを終えています。

来日時点で既に33歳だったのが惜しかったですね。せめて後数年早く来ていれば、夢を見られたかも……なんてポテンシャルは感じる選手でした。

しかし、秘密兵器は秘密のまま2010年オフに退団。

退団後はブラジルリーグへと復帰し、ブラジル代表としてWBC2012年(予選)・2013年(本選)・2016年(予選)に出場しています。

本人SNS(FB)によれば、現在はNikkey Clube de Mariliaという団体で少年少女の野球教室などをやっているそうです。

さいごに

いかがでしたでしょうか。

今回はコーリーとムニス、渋い二人のみという中々マニアックな回となりました。

私としてはムニスにそこそこ盛り上がっていた記憶はあるものの……コーリーは、いたなぁと。

一軍での出場機会はコーリーの方が上のはずなんですが、不思議ですね。まぁその違いも微々たるもんですが……

さて、次回は2011年に退団した助っ人選手達について取り上げます。

よろしければ、次回も御覧ください。

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